筋交いを縛ったロープ

端を縒り戻して編み返したり、端にサツマを設えるのが、素手では容易でないほど固く絞まった三つヨリロープに、不足を言う者はいなかった。荷の掛かったテンションで一つ逆方向に玉でも出来かかったりしようものなら、太く強靭なロープもそこから切れる。綱こそまた、暮らしの「イノチツナ」であった懐かしい時代ならなおさら。

端の始末が素手では出来ないとは、つくり手に対する信頼の証左であったのだ。南海の海風に干したるは伊勢湾台風のとき、父が母屋に入れた筋交いに巻いたロープである。四ヒロに小裁ちしたら七本になった。

五〇余年に初めてだろう、洗濯機で三〇分もゴロゴロ掻き回してやった。撚りは緩むどころか、ますます絞まったようだ。こうした古いロープで考え方ていることがある。
 
廃ロープで結びの見本額を、五〇も一〇〇種も並べる。直立して空いた手でヒトが獲得した欠かすことのできない歴史上の遺産のひとつ=結び。これを使い込まれて廃棄されたロープで成形してフレームに収めたら、きっと汚れて草臥れ果てて忘れられたそれは生き生きと甦るだろう。