つま先から締める

 紐を緩めて履いたら、つま先からほどよく締めて結ぶ――ひも靴を履きはじめた子に、こう教えるだろう。その手間の掛かり方が子どもに、すこし大人になったような気持ちを催させた。

 大げさな言い方だと思われるだろうが、こうした生活技術伝承の機会減少こそ文明の衰退。新しいテクの獲得に今のコはいそがしいという見方もあるが、端末の触り方をその範疇に入れてよいはずがない。。

 ギャラリーの中は作業空間であって忙しければ忙しいほど、来客を拒むような印象を与えている。申し訳ないがそのぶん、その気の方が入っていらっしやる。
 ここのところ中に詰めていたら、珍しく毎日続けて安くはないスニーカーを求めるひとがいた。三人目が写真。やっと開いてた――なんて言われて。そんな気もないのだが、恐縮です。

 こうしたニーズは履くたび締め上げず、ルーズに結んでおくのが歓迎されるだろう。ならばなにもつま先から順に、締めていく縄筋でなくてもよい――というわけでかつて例のない結び構造になっている。
 これらを「ルーシー」と命名したのは、結び構造が最高難度にひとたびは到達して、折り返したポイントがルーシーと偶然いっしょだったから。数えていくとそれは318足めのスニーカーだったのだ。

 などと、はしょった説明の接客です。図録3には縷々いきさつを申し述べる。左右別のスニーカーのベロへの縫い取りは一組でないが、ナンバーリングを廃して新調の折りは「ルーシー/IHSIGAKI OGA 」に統一される。気の長い話になったが、今年の秋には持ち込みのスニーカーに結んで差し上げるシステムに移行できるだろう。結び手も増えるから、いよいよ『靴屋から解放」される日が来ます。その後は「趣味程度に結びます」……言ってみたい。