マーモの父

福谷由太郎はまもる(マーモ)さんの、戦死したお父さんだろうか? 石積みの墓の名を読むことは、この墓地を徘徊する遊びのひとつだったが、この墓碑銘を読んだ覚えはないのだった。

まもるくんは隣家の後取りのはずだが、長男である父の戦死で寡婦となった母と本宅を能面のような顔の弟と根性悪なその妻に譲って、向かいのささやかな平屋で成長した。

よく見れば碑に向かって左に刻まれた名の末尾は「建立」で、本人の俗名は右側の笹に隠れて見えない。勲光院忠誉──と、晋──の字が読み取れる。

笹に分け入って見なければならなかった。長じてトラックの運転手になって、明るい気さくな人柄で可愛い妻子を得たが早世した。通りから団らんが覗けるような小さな家で、遺されたお嫁さんと孫に囲まれて幸福そうな声をもれきいた。

狭い庭に植えられた一本の金木犀は大きく育って、その後の家庭の様はうかがい知れない。さらに次々世代になっているだれう。「スーちゃん」の西となり。

檀家の墓地地上スペースと納骨堂のある寺とは別に、かつて土葬だった墓地を地域は持ってきた。埋葬に際して輪になって最期の弔いをする大空間を、緑蔭に隠している。

スーちゃん、山ノ神。以下島まで墓石を、陸路で鹿児島まで海路で那覇・石垣と運んだ。アコウの森の、バナナの葉陰に据えた話を付す。