きけわだつみの声

「小さな家」計画は頓挫した、どこか旧知に恩を着せて大工を都合よく使ってきたツケを払うことになった。この後につけ加えるとしたら、「小さな家を独りで建てる」計画──ということ。終わりそうもない夏が済んだあとにする。

この夏──と言ってあったので遅れに遅れたベルリンの、靴工房・トゥリッペンへ向けての仕事がもう待ったなしのところに来ている。
柿渋を摺り込んだロープに限った革靴の結びを、24種でなく24+24あるいは24+24+24にして一息で網羅する。

ベルリンのエルザもレンツさんにも中間報告をとばして、コンテが束(つか)見本として出来上がったらお届けする。日本の南の端の島で、私のドイツ靴を見つけてくださった恩人にはそうもいかないが、靴の結びをハンモックを編み始めた40年前から書き起こしたいなどと思えば簡単でない。
わだつみの声、戦火止んで間もないモノクロ判。胸にまったく響かない、小さな家が霧散した落胆が胸中を占めているからだ。我々は引き返すことのできない、時代の無惨さにまみれて針を進める他はない。古い映画はサウンドトラックが不具合でときどき無声映画に戻るのも、ここで口パクも効果的……なぞ思うのだ。

これも今日までとして、明日はドイツ靴を紐解く。