スイス堂
小さな文字盤上に置くには大袈裟なタグホイヤーのロゴは見覚えがあったが、どんな時計も私には時計以上のものでない。
タグホイヤーが特別のものになったのは死んだ息子を、その腕にタグホイヤーを巻いて柩に納めておくってやったときからだ。
灰になってからその痕跡がない様を見て、彼にタグホイヤーを持たせて逝かせたことを後悔した。私が形見に貰っておくんだった……、同じものを探して時計屋でそれがタグホイヤーというんだと知った。
ダイバーウォッチは重たいので女物のように小振りなタグホイヤーを見つけて、これを形見と思うことにした。それから四半世紀で止まるとは、外れのタグホイヤーだったか?
スイス堂で見てもらったついでに、ベルトを延長した。島の時計屋は壊れた時計のパーツを、山ほど蓄えている。タグホイヤーの特徴的なベルトパーツを二つばかり挟むと肥満体の手首はぐっと楽になったが、針がときどき休むのは直らなかった。
しばらくぶりに訪ねると親父は、ほぼ同一人物のような息子に入れ替わっていた。改めて見てくれるよう頼むと中を開いて私は初めて、これが機械式でなく電池で動いていたと知って驚いた。またこれを腕に巻く毎日が戻った。

