「桶と酒」セーラ・マリ・カミングス

桝一市村酒造所代表取締役ーー彼女のTシャツにプリントされたメッセージが、映し出された長いスーパーでよくは読めなかった。カメラは正面に固定されていて、規則的に彼女の話の内容に即したVTRや、動きのない写真に寄ったり引いたり……の、工夫のない映像が騒々しいその世界で今ではもはや新鮮に感じられる。
わたしはアンテナをつながずTVを映画の再生装置として使うだけなので、出先では見慣れないTVをじっと見てしまうことがあります。マンスリーマンションに寝起きする今、そんなわけでテレビがつきっぱなしになっていることが多い。

私の知るむかし、新聞社では紙面余白を満たすネタを「埋め草」とよびますなんて、社会見学にやってきた子どもたちに受付嬢が言っていた。そんなこと、言ったことありませんが。
これは10分程度の長さのそんなテレビ版で夜のやや遅くが定位置のようだが、今朝目をさましたら午前四時をまわったところ。TVは輝く銀髪が肩まで届く、セーラ・マリ・カミングスを写し出していた。

夏子の酒」を地で行くような肩書きだが、彼女の場合酒へのアプローチは木桶(きおけ)に始まるようで、その桶の魅力を余すところなく過不足のない日本語で語った。富岳百景の駿河かどっかで底がまだな大おけ越しの富士山、日本人には月並みな桶との出合いだが、子どものころ悪戯にタガを外してしまった経験のある世代なら彼女の不思議を理解できるだろう。
衰弱していくこの国の気分が過去の再発見の機会であれば、悪いことばかりでない。彼女の体当たり談の続きをネットでさがしてみよう。器であるところの桶から内容物であるところの酒へ、相互のゆるぎない幸運な関係を見届けた立会人の声が聞けるはずだ。

このメッセージには「手書きメール」が添付されています。