外側から

今日のお弁当――というブログは多いだろうが、弁当箱に蓋をして連日
「今日のお弁当は……」もない。今日はここを潜ぐしてみた、今度はこう通した。明日はこうも捻れる。

トリッペンの拾遺60は私の靴ひも仕事が手編みハンモックの余剰に生まれたものであるだけでなくはるか遠く藁算(わらざん)から和装腰ひもまで、暮らしのなかにかつてありふれた生活のわざとして息づいてきた結びが滅んでゆく終末にゆっくりと別れを言うものだ。

二頁くらいは閉じた曲げわっぱに掛けられた襷の、12カットくらいを納めようと思う。まだこれといったカットは撮れていない。わざとらしい工夫はしない。週に五日Nと二人分の飯を積めて蓋をして、何の気なしに指先が結んでオッと思える朝を待っている。