上意下達のわらざん

収穫・納税など支配者の支配・取奪に関した主に数値情報の上意下達の道具だと、栗田文子は藁算を見ている。インカのキープや中国の結縄も、ことは同じだ。私が南下してハンモックの工房を南の島に開いたことには、それなりの理由がある。

私のハンモックは広い結びの世界に歩を進めることになって、この地で藁算に出会うことになった。防人(サキモリ)に征く男と再開を誓った「松ヶ枝」のように上意下達の具でない、市井の人々の暮らしの中に息づいた結びに到達したい。

名もない人々の約束や誓いの痕跡を、藁算の中に見出だす――私なら藁算をこんなものとして見たい。最近気に入る話はこれ、島の峠をはさんで両裾の村の二人が叶わぬ恋を諦めた。

その折々に峠で言い募って石に穿った二つの穴が、今に遺った。いわく女の開けた窪みの方が大きくて情けに相応しかった――。