チャームは七つ

オキモノ、なんて言う。置くという機能を表して一般名詞化を装っているが、用途をもったモノを作りたい動機に合致しない。
「オミヤゲ」も同じカテゴリーに属すると、私の指先は主張する。
無用の用──、確かにそれもあるにはあるのだが。プッシュピンからアトミックまで、人の手が為したモノは知れない。

──要るとき要らないモノ、使うとき使わないモノなあんだ? こんななぞなぞもあった。今の子どもも言っているだろうか?

占い・おみくじの類いはどうであろうか?と、私は自分の胸に手を当ててみる。半世紀も前に受けたデザイン教育が、私の指が産み出したモノの当否を量るのだ。量る?

量る──はその境界が不明のボーダーレスの品々に、ぼんやりと引かれていることを言い得ているだろう。私は島に開いたギャラリー「パナリ」を、お土産屋さんにするつもりはないのだ。

チャームという名称も、私の中では新しい。これで五度は使っていないコトバです。ながなが書いた訳が、写真のチャーム。八つと予告したが、七つをリングに取りつけた。

外したのは「逢い引き ( fisherman's knot )結び」。これは外していいな。 


いるときいらないもの──それは風呂のフタ、つかうときつかわない──それは弁当箱のフタ。むかしむかし保育園で大野保子ちゃんが教えてくれたコタエは、こうだった。

全体の背景はまだ言えないが、七つ結びの中で「おもいむすび」と逆おもいむすび、つまり「思われむすび」は解いてくださいと言っているようなヒキトケ構造のもの。  

解ければ叶う……のだから簡単に解けてはいけない、ヒキトケの結び目をズラしたら金具で挟んできつく絞める。これで「幸運」は、遠のいた!